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DDになりたい。

2007~嵐、2014~エイト、2016~えびを追っかけている社会人が、ネットをうろうろしているうちにDDになった方がオタク楽しそう!?と気づく。

山P版「アルジャーノンに花束を」を全話見て原作を振り返る

ユースケ・サンタマリアさんの「アルジャーノンに花束を」は未見です。

さてさて、かなーり遅ればせながら、山P版ドラマ「アルジャーノンに花束を」を見たので、ここで改めて読書感想文を書こうというジャニーズ全く関係ないじゃん記事です。

※ドラマ、小説原作ネタバレ記事です。
知りたくない方はお戻りを。


まずはドラマ感想。

山Pは悪くないよおぉおお~!!!!!(;o;)(;o;)(;o;)

と心の中で泣き叫んだドラマでした。
おりこうになりたい、友達と対等な関係を築きたいと泣く山P見て胸が締め付けられないオタクいる!?

願わくば、この役をえびしのはしちゃんにも演じてもらいたい。橋本生みたい勢なら分かってくれるはず…。

それかキスマイの玉ちゃんでも良いかも。オタク「宮田呼んでこ~~~い!!!」ってハンカチ噛み締めるから…!

恋人のはるかちゃんの動かしかたはどうかと思うけど、山Pはもちろん、友達二人は好演してたし、風麿くんはすっごいおもちだったし、原作には無いオリジナルストーリーもなかなか良かった気がする、が、

ドラマラストが!

ラストの描きかただけは

許さん!!!

原作ファンとしてナンジャソリャア~!!!!!ってちゃぶ台ひっくり返したかったね。

(ここから先は一切ジャニーズ関係無くなります)

ドラマを見て、改めて原作を振り返りたくなりました。読んだのがまだ学生のころだったから、感想が上手く言えなかったけど、今なら言える気がするから備忘録。


原作の素晴らしさは日本語がひらがなと漢字に分かれてるからこそ倍増したよね!と言いたいけど、原作は英語だし、他言語の訳だとどうなるかな?
自分が語学の知識が皆無だから比較ができなくて悔しい。

はぁ~無知って悔しいと、悔しいなあと、こんな私でも思う。シン・ゴジラ見たときも思った。

それはさておき、


なんといっても小説は


「どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやって ください」


というチャーリーのお願いで終わること!これに尽きるんですよね!

ドラマ何故このどうしようもないやるせなさを表現しなかったんだ…!

このラスト二行のためにこの小説はある。それはタイトル含めてです。

ラスト二行を読んだとき、私は泣きました。でも感動の涙ではなかった。どっちかというとモヤモヤした。悔しかった。

★タイトルの「花束を」

…花束ってポジティブなイメージありませんか?
私には花束と聞いて、花束=贈りものとしか思い浮かばなかったんです。
それが花束はお祝いではなく、死者に送るための花束だったなんて。タイトルの意味を分かったときの衝撃たるや。それが最後の最後に判明したんですよ。ラスト二行で。

ギリギリまで今までのチャーリーの苦労が労われる意味で花束(という祝福のシンボル)がでてくると思ってたお目出度い私。

★「ついでがあったら」のいじらしさ。

ネットの考察で、こんなの見ました。「ついで、とは何のついでかというと」いずれチャーリーはアルジャーノンと同じ運命を辿るだろう。チャーリーは近い将来死ぬ。つまり、チャーリーの墓参りの「ついで」に、アルジャーノンに花束を手向けてやってほしいということではないのか。

またこんな意見も読みました。自分とアルジャーノンという存在を忘れないで、という暗喩でラスト二行が書かれていると…


違うと思う!!!!


私はチャーリーの言葉を額面通りに受けとりました!何の暗喩でもない!本当に!ただ!アルジャーノンに花束をあげてほしいと!そこに一切自分は入ってないと!

だってチャーリー優しいからさ~~~!!!(大号泣)

ついででいいよ、できたらでいいからお願い、っていうところが、チャーリーの優しさが透けて見えて悲しくてやるせなくて悲しくて悔しくて悲しかったんだ。そういえば。

「まいにちかならず花束をたむけててあわせてね。かならずだよ。ちゃんとしないとあなたのろわれます。しあるのみ。」

みたいな書き方してよチャーリー~~!!!!
(そんなん絶対嫌だ)

チャーリーはさ、自分の墓参りしてくれよな!って自己主張はしないでしょ。最後まで他人のことばかりを考えるような人だと思うから。ってこの辺はかなり山Pの咲ちゃんをひきずってるかな。

以上。ここまで読んでくださった方申し訳ない。思考のゴミ捨て場にしてるんだこのブログ。

えーっと、ドラマを見たお陰で、久々に名作「アルジャーノンに花束を」に思いを馳せました。

そんな秋の夜長。